『ラオスを伝えたい』という想いから。

9月4日(火)ディナータイムに『ラオス食堂』さんがSALAへやってきます。

イベントの詳細はこちらから御覧ください!

「ラオス食堂」とは、東京を拠点とし森卓さんが「ラオス」を伝えたい!との想いから全国を飛び回りラオスの「食」を伝えるために1日限りの食堂を開く、という活動です。

 

 

 

みなさん、ラオスという国、またラオスの「食」ご存知でしょうか?

私はというと、SALAのタイ(イサーン)、中国(雲南省)出身のシェフからもちろん話には聞いたことがあるし、先日SALAにラオスから1年前に日本にやってきたという男性がランチをされて「ジャスミンライス」を食べられてものすごく「懐かしい」と感動していた姿が印象深い今日このごろです。実は私自身ラオスのお料理を食べたことがありません。タイのイサーンに近いお料理が多いとタイ人シェフから聞いたことがあります。異国の「食」を想像することってほんとにいつだってわくわくしますよね。またその味を知ったときの感動は旅行やレストランでの醍醐味かもしれません。私もとても興味深いラオスに15年間も暮らしていたという森さんが「ラオスを伝えたい」との想いから現在このような活動をされています。「ラオス食堂」の開催だけでなく日本ラオス初の合作映画『ラオス 竜の奇跡』映画の制作まで携われたそうです。

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森卓(もりたく)さんについて
1977年、大阪生まれ。料理人として富山県のホテル、仕出し屋などで4年間勤務した後、8ヶ月間のアジア旅行を経て、2001年よりラオスに移住。2004年、ラオス初の日本語情報誌「テイスト・オブ・ラオス」を創刊。ラオスで日本メディア(テレビ、雑誌、新聞など)のコーディネートも行いながら、日本ラオス初の合作映画『ラオス 竜の奇跡』を製作し、16年4月、映画完成と共に15年間暮らしたラオスから帰国(映画は17年に日本・ラオスで劇場公開を果たす)。現在はラオス料理を日本で普及するべく「ラオス食堂」を運営し、都内を中心に料理教室、出張料理を行っている。
 
 
 
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そんな森さんがSALAのコンセプトに共感してくださり、この度の西日本ツアーにて神戸ではSALAでラオス食堂を開催してくださることが決定いたしました。
 
森さんが「神戸」を訪れられる理由のひとつに、インドシナ戦争時に日本にやって来たラオス難民たちに会う、という理由があるそうです。当時の難民を、日本では神奈川県と兵庫県が受け入れをしていたそうです。わたしも森さんの話を伺うまで神戸にそのような歴史があることは知りませんでした。
また「難民」についてぼんやりとしか理解がない私のような人でもわかりやすく「難民」について説明をしているサイトを見つけたのでリンクさせていただきます。以下、サイトを抜粋させていただきます。
 
「難民」とは、「難民条約」(国際条約)で定められた人々を指します。1951年に採択された難民条約の第1条で、難民とは「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」と定義されています。もう少しわかりやすくすると、「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々のことを指します。(「なんとかしなきゃ!プロジェクト」)
 
 
「母国を離れて他国で生きる」様々な理由があれども、それはもちろん幸せなこともありますが苦難も多いことだと容易に想像できます。誰もが自分事として捉えたのならその苦しみをイメージすることができるのではないでしょうか?どうしても理由があって他国で暮らすことになった。言葉もわからないからコミュニケーションが取れない、目に入ってくる文字が一文字も理解できない、食文化が違う、ものすごく寒い環境、街のにおいが違う、友だちがいない、自分とは見た目が違うから変わった視線を受ける、今まで当たり前に一人でできていたことが全然できなくなってしまった、力がでない、孤独を感じる・・・そりゃそうだ!といった感じでしょうか。
 
SALAで働くメンバーも、それぞれに今でこそ「しあわせ」の形を見出しているように思いますが苦難を乗り越えるには多くの時間が必要でした。そしてやはり母国は母国。国への想いは皆強く、それをSALAでは「料理」という形で表現しています。
 
森さんが今回難民の方々にお会いするのも、難民の方々を中心としたドキュメンタリー作品の制作する中で、「難民」とともに家庭料理を「文化継承の形」として描かれるとのことです。
森さんは「それらを追うことで、苦難の後に異国で暮らし彼らが築いてきた、全ての人に通じる「幸せのカタチ」が見えてくると思っています。」とおしゃっています。
SALAのコンセプトをTEDxの動画を通してみてくださり、
そのときに、「料理には祖国の思い出と今自分が自分であり続ける誇りが詰まっていると思っています。だから料理を語る時の彼女たちは生き生きとしている。」ということに対して共感していただけたと伺いました。
そんな森さんとのご縁で今回このようなイベントを開催できること、心から光栄に思います。
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